文句を言うならやめてしまえばいいのだが、やめられないのが今の状況。黙って時間が過ぎるのを待つしかない。こういうところではかなり消極的な自分は、やはり学生という身分だからだろう。社会人になったら立ち回りが変わるかもしれない。
ということで、変化を待ち望んでいる無変化の現在を生きている。それはそれということでおいといて、今日は本を読んだり翻訳を進めたりして回復中。明日からはバリバリ動きたい。でもこの暑さだからそんなに動きたくないかもしれない。
でも、よく考えると家の中も暑い。じゃあ外に行くしかない。咳が出なければカフェにでも行こう。相変わらずカフェが書斎だ。
9月もなんだかんだいって、バイトの出勤が増えてしまった。ただ如何せんこの出勤増加が本来予定されていたものではなかったということが悔やまれる。1コマのバイトが1日にあるかないかで随分と変わってしまう。
なぜこんなにバイトに嫌気がさしているのか。それはおそらく、1.小学生から高校生まで年齢差があるのに、どれを教えていても給料は同じ、2.受験生も非受験生も、どれを教えていても(略、3.生徒が合格しても合格しなくても(略、4.英語を教えても小論文を教えても小学算数を教えても(略、というあたりだろう。なんか社会主義と似ていると思った。
(注:ここから妄想が膨らんで突拍子もないことになります。)
社会主義国家から資本主義国家に移行した国でも、人々の中には「昔の方が良かった。貧乏でも、暮らしは豊かだった」という意見を持つのも見受けられる。最低限度の生活は保証されていたのだろう。
それでもやはり、いくら働いても待遇が良くならないのであればやる気をなくしてしまうということで、生産性が落ちてその社会はダメになってしまうのだ。自分はそういう社会でも、何かを信じて生産性を落とさないで頑張っていくだろうと思っていたが、最近になって、そんな聖人みたいなことは無理だ。むしろ資本主義国へと脱出した方がいい、と思うようになる。
資本主義国へいつの日か脱出する。そのためには現状を我慢する。着々と脱出の計画は立てていく。しかしその計画はうまくいくのだろうか。うまくいくわけがないと判断して、無気力になってしまう人もいるわけだが、無気力にはなりたくないと思う。
